虚伝と背反 23

「どういう事……、一体何をした!!」

敵意剥き出しの吸血鬼は今にも目の前の男に飛びかかりそうな勢いだ。

「まぁまぁ落ち着けって……。お前何か勘違いしてねぇか?」

こんなにも睨まれているにも関わらず、英貴は涼しい顔で胡散臭い笑みは崩さない。

「オレは『協力する』とは言ったけどよ、『邪魔はしない』とは言ってねぇよ」

英貴は煽るように自分より背の高い吸血鬼の顔を覗きこみ、それに対して吸血鬼は怒りで歯を食い縛っている。

「お前の親父のところの部下が『情報を売ってくれ』って頼んできたんだよ」

彼は、あたしの方を向き嗤っている。

「オレが吹き込んだんだよ、お嬢様の代わりに仇を討ってやれって」

あたしが怒鳴るより先に、吸血鬼が英貴の胸ぐらを掴み壁へ叩きつけた。

「おっとぉ、そんな事していいのかなぁライヒ君?」

馬鹿にしたように笑い、全く焦る様子はない。

逆にその態度が吸血鬼の怒りを煽った。

「お前がいなければ……、巡は……!」

その言葉に英貴の顔から笑みが消えた。

「オレがいなければ?オレがいなければ巡は追っ手から逃れることもできなかった、お前らに情報を流してやったのはオレだろ。オレは商売として相手に情報を売っただけだ」

英貴はそう言うと吸血鬼の腕を振り払い、今度は英貴が吸血鬼を取り押さえた。

「調子に乗るなよ、クソガキ?」

首を絞められた吸血鬼が声にならない悲鳴を上げる。

英貴は手を離し、吸血鬼の背を踏みつける。

「お前がオレに勝てるものなんざ一つもねぇよ。自分が強くなったと思いこんでイキッてんじゃねぇよ」

高笑いをしながら英貴は吸血鬼を踏み続ける。

「や、やめなさい!」

あたしは咄嗟に英貴を突き飛ばした。

「二人とも落ち着きなさいよ、今ここで争っても意味が無いじゃない!」

「先輩〰️、置いていかないでください〰️!」

あたしの言葉に重なるように声が聞こえ、何やら紙を大量に持った結羽がフラフラになりながら駆け込んできた。

「……あ、私タイミング悪かったのでしょうか」

辺りを見て申し訳なさそうに縮こまる結羽。

「この状況でタイミングが良いも悪いもないわね。結羽、何を持ってきたの?」

結羽はハッと顔を上げ、あたし達に手招きをして床に資料を広げた。

「まず、この施設は見ての通り工場なのですが、主に薬を作っていたようです」

何やら小難しい図面や指示等が書かれていることはあたしにもわかる。

「何年も前に稼働は止まったはずなのですが、置いてある資料と転がっていた死体が新しいことから、何者かが来た形跡はある訳なのですが……」

そもそも拉致している奴がいる限り、人の出入りは少なくともあることになるがどうもピンと来ない。

「そこでだ、この資料だ」

英貴はポケットから一枚の紙を取り出した。の

「明里、お前の父さんはどこで働いていた?」

突然の彼の質問に戸惑った。

「……ここから離れた孤児院で子ども達の診察をしていたわ。忙しくて、手紙でしかやり取りはしていないから詳しいことは知らないわ」

「ライヒ、お前が5年前までいた場所は?」

今度は英貴は吸血鬼に質問を投げかける。

「……遠い孤児院。生まれてすぐにそこにいたから経緯は知らないけど、酷い場所だった」

ボソボソと答える吸血鬼、話を勝手に進めていく英貴、何がしたいのかわからない。

「明里の父さんが死んだのは?」

「……5年前ね」

「お前の父さんって死因は何だっけ?」

「……殺されたのよ、そこの吸血鬼に」

英貴の質問に少しずつ苛立ちを覚える。今この質問が何に関係あるというのか。

「ライヒ、孤児院では何が起こっていた?」

怯える吸血鬼は中々口を開かなかったが、深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。

「……人体実験、……子ども達を使った実験だよ」

「嘘よ!!」

咄嗟に声が出てしまった。父さんがそんなことするはずがない。

「勝手な事言わないで!あんたが孤児院にいた記録は残っているの、あの時に行方不明になった子どもはあんたともう一人で、逃げた職員があんたを見たって__」

「落ち着け明里、お前の言いたいことはわかった。でもな、これを見てまだ言えるのか?」

英貴はあたしの前に幾つか資料を並べた。

そこには人体実験を許諾した証明書や、実験内容をまとめたファイル、新しい薬の解説や効能と副作用が事細かに記されたノート、吸血鬼の経過観察が書かれたカルテが並べられていた。

「お前の探していた真実だ、そしてこれが現実だ」

否定したくても、父さんの署名があるのを見て固まってしまう。

あたしは父さんの部下達に犯人像がわからないのかと、問い詰めて向いた矛先は『橘ライヒ』だった。

しかし、これではただの逆恨みではないのか?父さんが施設ぐるみで人体実験をし、同じ孤児院の子どもや橘を傷つけた結果、あたしが恨む吸血鬼が生まれたのだとすれば?本当にこのまま吸血鬼に怒りをぶつけるのは正しいことなのか?

「逃げた職員がここに資料を隠していたのは知らなかったがな、この施設も孤児院と関係があったと見て良さそうだな」

まだ反論できることはあるはず。自分が尊敬していた父さんだ、ここで引き下がれない。

「……まだ信用してくれねぇか、まぁ当たり前だよな」

そう言って英貴は別の資料を取り出した。

***

本当に私をこんなところに呼び出して何がしたいのかしら。

一人でそんなことを考えながら、長い髪を揺らしながら廃工場の地下の階段を降りていく。

『この先で僕は待っているから』

電話の声はそう言っていたが、こんな所で人なんて待っているのだろうか。

真っ暗な廊下を辿っていき、最奥の重く古びた扉に手をかける。

そこには今までの古びた工場内とは違い、機械の動く音が部屋で反響し、モニターのぼんやりとした光がうっすらと室内を照らしていた。

そして機械のコードが伸びる部屋の中心のベッドには、綺麗に切り揃えられた黒い髪の青年が静かに眠っていた。

ぷらたぷらねっと

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