虚伝と背反 24
2018-06-08 20:37
青年の体は細く、肌はとても白く生きているように感じられない。
まるで精巧に作られた蝋人形の様で、顔立ちが非常に整っているのがわかる。
近くに『目覚めさせて』と、書かれた紙切れが置いてあった。
あまり乱暴に起こしては可哀想だと思い、一先ず頭を撫でてみるとサラサラの髪が妙に触り心地が良かった。
軽くベッドを叩いてみても全く起きる気配がせず、声をかけてみても反応は無い。
他に手は無いかと考えていると、青年の口に装着しているマスクに目が止まった。
機械は動いているもののマスクから薬を吸っている訳でもなく、ただ口元に着けているだけといった形だった。
その呼吸器に手を伸ばし、ゆっくりと外してみると少しずつ青年の目が開いた。
「……さら、ちゃん?」
硝子のような瞳で見つめてくる彼こそが、電話の声の主なのだろう。
「えぇ、私が桜良よ」
彼の名前を呼ぼうとしたが、私は彼の名前を知らない事に気づいた。
いつも先に連絡をくれるし、名前を知らなくても困ることが無かったから忘れていた。
「……礼志、僕は笹原 礼志だよ」
礼志と名乗った青年はベッドから起き上がり、私の顔を見て微笑んだ。
どこか幼い、無邪気な笑顔は誰かに似ている気がさしていた。
「…ところで、礼志はどうして私に助言をしていたの?」
私以外にもこういった事に巻き込まれている人はいくらでもいる。それなのにわざわざ私に声をかけた理由がわからない。
「僕ね、行方不明の家族を探しているんだ。ずっと前にいなくなった弟とお母さんを見つけたいんだ」
礼志の表情は暗くなる。
「桜良ちゃんに声をかけたのは、弟と歳が近いことと比較的長い間ここにいる弟と同年代の子ってところかな。同年代なら知り合いって可能性もあるしね」
確かにライヒがどれくらい前から巻き込まれていたのかはわからないが、成島君よりはこの怪奇に詳しいし、もっと前から私はこの世界に巻き込まれている。礼志の考えには納得した。
「僕はこことは違う世界線から来た。本当の僕は子供の時にもう死んでいて、この身体はこの世界の笹原礼志のものを借りているだけなんだ」
彼の仕草に幼さを感じるのはそのせいだろうか。
淡い光を反射している目は非常に悲しそうだった。
「死んでも未練が残りすぎて成仏できなかった僕に与えられたのは『やり直すこと』だったんだ」
私達には何かしらの目的がある。目的があるからこそ、私達の周りで怪奇が起こるのだから。
「時間が戻るわけじゃない。ただ違う世界に行って、誰かの身体に乗り移って人生をやり直せるだけ。だから僕が死んでから何処かへいなくなってしまった弟とお母さんを探して、皆で一からやり直したかったんだ」
どこか寂しげで子供のような表情を浮かべる礼志、彼が家族と別れた辛さの全ては私には理解できない。
今まで彼のお陰で助かった場面は少なくない。
成島君の事だって結果としては失敗はしたものの、彼が予測を立てたからこそ深入りする事を阻止するために行動計画が立てられた。
ならば、こんどは私が彼の家族を一緒に探す手伝いをしたい。
「……礼志さえ良ければ手伝わせてくれない?二人で探した方が弟さんもお母さんも見つかると思うわ」
礼志は顔を上げて、
「…桜良ちゃんは優しいね」
と呟き私の手を握った。
***
「何なのよ……、勘弁してよ……」
手渡された資料にはこの施設が、かつては人体実験紛いの研究の為の薬品を作っていた事が書かれていた。
__絶対に偶然ではない、この場所に私達が集められたのは。
「……明里さん、これが現実だよ。」
吸血鬼は真っ直ぐにあたしを見つめていた。
「あなたのお父さんが俺達を実験に使って、俺がお父さんを殺したのは事実だよ。でも、あなたには何の罪もない、だから__」
吸血鬼は小さな袋をあたしの手に握らせた。
「__構わない、ここで死んでも。それであなたの気が済むのなら」
結羽は隣でそわそわしていて、英貴はあたしと吸血鬼から目を背けていた。
あたしはあの日から、いつも持ち歩いていた銀のナイフを吸血鬼に振り下ろそうとした。
……振り下ろせない。手が震えて、怖くて。
いつも父さんに憧れて、いつか父さんの役に立ちたくて。
でも、本当は子どもを救うどころかこんな酷い事になっていたなんて。
許せると言えば嘘になる。でも、この子の受けた仕打ちも消えない。許せないのは二人一緒ではないのか?
目の前の吸血鬼は、目を閉じて震えている。
あんな風に言っても怖いものは怖いのだろう。
ここでこの子を殺したところで、あたしの気は済むのか?後悔しないか?
あたしはナイフを鞘に納めた。
吸血鬼がゆっくりと目を開けている時に、彼の額へ手を伸ばし思いっきりデコピンしてやった。
「うっ!?」
「何格好よく言っているのよ、ガキの癖に」
額を押さえる吸血鬼の顔を上げさせる。
「いい?あんたがやったことも、あたしの父さんがやったことも消えない。あたしは、すぐにはあんたを許せそうにはないわ。だけど_」
あたしは吸血鬼の頭を撫でながら、
「……辛い思いをさせてごめんね、痛かったでしょう?……何も知らなくてごめんなさい」
吸血鬼、いや目の前の少年は少し複雑そうな顔をして
「……あなたは家族を殺された被害者なのに。どうしてそこまで……?」
「あんたが巡を守ろうとしていたのを見て、考えを改めただけよ」
ライヒは、少しだけ穏やかな表情を見せた。
「皆さんお揃いなんですね、穏やかなところ失礼しますね」
いつか聞いた、不快な声。
結羽、英貴が部屋の入口の方を見る。
「……なんであなたが」と、ライヒが呟いたのを聞いて、あたしも皆が向く方へ目を向ける。
そこに佇んでいたのは、見透かしたような視線を向けてくる成島優貴の姿があった。
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