虚伝と背反 18
温かい、ここはとても居心地が良い。
地下みたいに暗くもないし、ずっとここにいたい。
誰かに触れられている気がする。
柔らかくて優しい感触。
_もしかして、お母さん?
うっすらと目を開けて、俺に触れている人物が誰なのかを確認しようとした。
「…ライヒ」
そこにいたのは見馴れた顔、巡だった。
辺りを確認すると知らない部屋で、俺はふかふかのベッドの上で寝ていた。
身体中によくわからない管が繋がれ、近くでずっと機械音が鳴っていた。
先生がずっと俺の治療をし、巡が付き添っていたようだ。
しかし、普段の様に安心はできなかった。
_きっとまた、捕まって痛い思いの繰り返しだ。
巡の隣には、あの白い髪の女の子がいた。
突っ伏していて、肩が震えている。
「…目、覚めたの?」
女の子が顔を上げると、俺と目が合った。
「生きていて良かった…本当に良かった_」
「触らないで」
俺の手を握ろうとした彼女の手を払い除けた。
「…どう…して?」
信じられない、といった表情だった。
「あなたが俺の元に来てから大人達が大勢入ってきた、巡が居ない事を確認して大人達を呼びに行ったとしか思えない」
初めからおかしいとは思っていた。
子供が勝手に来られる様な場所ではないし、偶然にしてもタイミングが悪すぎる。
「ち、違うよ…、わたしは_」
「_いいから、もう出て行って。」
彼女は何か言おうとしていたが、そのまま無言で部屋を出ていった。
「ちょっとライヒ…、今のは流石に_」
「巡、どうしてまた俺を助けたの?」
俺はもう、考えることを放棄していた。
「ここで助かってしまえば、生きている時間が長くなる。それってつまり、また痛みを味わうことになるよね?」
自分でも驚くくらい次々と言葉が出てくる。
「ライヒ、それってどういう_」
「どうして死なせてくれなかったの」
巡は呆然としていた。
言いたい事が山程頭に浮かぶ。
俺の感情を塞き止めていたものが崩壊した気がした。
「生きていたって、また何度も痛い思いをするだけだよ。どうせ、このまま外にも出られないで一生俺は実験台にされるなら、今すぐ死にたい」
もう疲れた、今まであった生きる気力なんて、もう残っていない。
「ライヒ君、あの子はあなたが瀕死状態だと伝えに来てくれたのよ」
伝えたから何になる、俺の疑いは変わらない。
「だから何、俺の何がわかるの?俺は助けてほしいなんて言っていない」
もう生きていたくない、早く殺してほしい。こうやって話している今も、身体中が痛くて仕方がない。
「大体、俺がこんな身体になったのも先生のせいだ」
つい、言い方が強くなってしまう。
「でも、薬を飲むと言ったのはあなたよ」
冷静な態度を崩さず、先生は言葉を返してきた。
なんとなく、その態度に苛立ちを覚えた。
俺は起き上がって、その元凶に向かって叫んだ。
「じゃあ薬を飲む状況になるまで、俺を追い詰めた大人達のせいだ。そうじゃなければ、この薬を作った人のせいだ。それも違うなら俺を捨てた親のせいだ!」
俺の突然の大声に巡が驚いている。
「俺は悪くない、全部大人達が勝手にやった事だ!」
俺は叫び終わると、そのまま力が抜けてベットに再び倒れこんだ。
慌てて巡が支えてくれたが、その弾みで更に激痛が身体を襲った。
痛みに泣き叫ぶ俺を横目に部屋を出ていこうとする先生に向かって、ベットの側に置いてあった鍵を投げた。
小さな鍵だったが、思いの外勢いよく投げてしまい先生の頬を掠めた。
先生は黙ってこちらを見ていたが、やがて目をそらし部屋を出ていってしまった。
最低なことを言った自覚はある。
しかし、これ以上は我慢の限界だ。
本来なら受けるはずのなかった痛みだ、逃げたくもなる。
「…ねぇ巡、俺を殺してよ」
巡は俺の肩を支えたまま動かない。
「_もう疲れたよ、ねぇそろそろ良いでしょう?」
放っておけばどうせ死ぬ。この延命の為の装置を全て止めれば、明日にはもう動かなくなるだろう。
支える巡の腕に触れた瞬間_
「…ふざけないでよ」
巡が再び俺をベットに寝かせて立ち上がった。
「なんで…自分を大切にしてくれている人がいる事に気づいてくれないんだよ…」
巡の声は震えていた。
自分が怒られている気はしていたが、どうして怒られているのかも、どうして巡がそんな表情をしているのかも理解できなかった。
「…君の事見た時、凄く冷たい目をしていたんだ。でもこうやって話していくうちに凄く優しい子だってわかって、僕も君と過ごすのが楽しみだったんだよ。」
巡は俺と視線を合わせた。
「…ここから出よう、だから二度とそんな事言わないで」
その言葉に、すぐには賛成できなかった。
また、痛い思いをするかもしれないから。
それでも巡の眼差しは真剣だった。
俺の為にそこまで考えてくれるのなら、俺も真剣に向き合うべきだと思う。
ここから出られるチャンスは、恐らくこれが最後だ。
だからこそ、この機会に全てを懸けようと思う。
もし、失敗したらきっと二人共無事では済まないだろう。
本当はもう傷つけたくも、傷つきたくもなかった。
だけど、巡まで巻き込むのなら話は別だ。
_絶対に、巡と外に出て平和に暮らすんだ。
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