虚伝と背反 17

それから、毎日少しずつ作ってもらったご飯を食べ、歳相応の勉強を教えてもらい、時々様子を見に来る先生に、どこか異常が無いか診てもらう生活が半年間続いた。

年相応の学力も身に付いて、人並み程度に色々なものも食べられるくらいには、身体も普通に近づいていた。

今、施設には俺以外の子供は何人居るのだろうか。

あの女の子はまだ生きているのだろうか。

それとも、もう皆死んでいて新しい子が来たのだろうか。

今、何が起きているのかもわからない。自分の事で精一杯だ。

このまま、ここで一生を過ごすのだろう。

誰が来ようが居なくなろうが、自分には巡と先生くらいしか関わる人はいない。

自分に優しくしてくれた人を助けるために動く事ができなかった俺に、今後関わる人なんていないはず。

だったら、何も考えなくても良いじゃないか。

巡と一緒に暗い地下で、死ぬまで過ごしていても悪くはないだろう。

_どうせ、こんな身体じゃ長くは生きられない。

だったら好きにしても、もう誰からも責められる必要は無い。

生まれた時から決まっていたんだ、親に捨てられてこんな施設で過ごす事が。

もう傷つきたくない。

このまま出られなくても良い、巡と過ごす事ができればそれで良い。

抵抗して傷つくくらいなら、元から何もしなければいい。

今更、俺が普通の生活なんてできる訳がない。

本当の幸せなんて、もう手に入らない気がしていた。

***

今日、巡は「用事がある」と言っていたので、久々に一人で過ごす事になる。

用意しておいてくれていたパンを食べながら、本を読んでいた。

少しうとうとしていた時に、足音が聞こえてきた。

巡ではない事はわかっていたので、本を閉じて様子を伺う。

しかし、前に入ってきた男たちとは、足音が明らかに違う。

少しずつ、人影がハッキリとしてきたが、その人影は俺と同じくらいの年の女の子だった。

「…まだ生きていたんだね、大丈夫?」

白い髪に赤に近い色の目をした少女_間違いなくあの女の子だ。

「わたしの事覚えている?また会えて良かった…」

この子はいつも親しげに話しかけに来てくれた。

最後まで残っていたんだ、忘れるはずがない。

俺が、彼女の顔を見て頷くと、嬉しそうな素振りを見せていた。

「良かった…、わたしは一人じゃないのね」

安堵する彼女の発言に違和感を感じ、どういう事なのか聞いてみた。

俺が捕まったあの日から、新しい子供が来ることは無く、ただ一人取り残された彼女は、あの日からずっと一人で日々を過ごしていた様だ。

「でも、今は違う…。あなたを必ず、ここから出してみせる。わたし達友達でしょう?」

牢越しに手を握って彼女は微笑んだ。

穏やかな時間も束の間、監視員らしき人達の足音が響いて聞こえてきた。

「じゃあ、そろそろ戻るね。バレたら怒られちゃうもの」

手を振り、駆け足で彼女は去っていった。

いつも一方通行の会話しかしないが、それも嫌ではなかった。

まだ、自分の知り合いが生きていた事に驚いたが、ほんの僅かな時間でも楽しかった記憶を思い出した。

それと同時に、皆の死とあの日を思い出してしまったが、それでも彼女と再開できただけでも、喜ぶべき事だと思った。

_その、ほんの数分後の事だった。

少しでも、喜んだのが間違いだったのかもしれない。

彼女と入れ替わりで大人達が入ってきた。

数人の手には、変わった形の棒や手錠が握られている。

何人かが、耳障りな程に大きい声で何かを叫んでいる。

牢に入ってきても、抵抗はしなかった。

これ以上、生きていても意味がない。

どうせ、俺は実験体で人間ではないのだから。

神は乗り越えられる試練しか与えないと、聞いた。

これも乗り越えろと言うのだろうか。

俺の中で、一つの答えが出た。

_きっと、神なんていないのだろう。

***

身体が熱い、内側から焼かれている様な耐え難い痛みに、全身を掻きむしりそうになる。

そうできないのは、腕を固定されているから。

叫びたくても、声が出ない。

薬を射たれた直後の痛みに悲鳴を上げていたせいで、口からは渇いた空気しか出てこない。

大人達の顔が視界に入る。

興味深そうにニヤニヤと笑う顔が不快で、目を背けたくなる。

目を背ける事も、目を閉じることもできない。

麻痺してしまった様に、自分の身体が動かない。

意識が飛びそうだ。

原因はわからないが視界がぼやけて見えない。

_もう、ここで生きるのを諦めようか。

この世界で生きるのは、俺には厳しすぎる。

生きたいと願っても、待っているのは苦痛だけで。

だったらいっそ、このまま死んだ方が楽になれるのではないか?

楽になれるのなら、もう何でもいい。

きっと、目を閉じたら二度と開けることは無いのだろう。

未練はあっても後悔は無いのだから、何も躊躇うこともない。

_それでも、一度で良いから両親に抱きしめてもらいたかった。

ぷらたぷらねっと

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