虚伝と背反 13

_君の名前、なんて言うの?

名前なんて無いから、“名前は無い”って言った。

じゃあなんて呼ばれてたの、って聞いてくるから、

自分の持っている数字の書かれた札を見せた。

それは名前じゃない、っておかしな事を言うから、反応に困った。

そうしたら、おかしなあなたは俺に名前を付けた。

***

町外れにある孤児院で毎日を過ごしていた。

生まれてすぐに両親から捨てられたと聞いていたので、親の記憶も無いし、ここが家であることに変わりはない。

孤児院に同年代の子も何人かはいた。

皆元々両親から付けられた名前を知っていたから、名前で呼ばれていた。

でも、俺は名前さえも知らなかった。

誰が名前を与えてくれる訳でもなく、ただ割り振られた番号でしか呼ばれなかった。

先生は「名前は考えておく」と言って以来、その話題を出すことはなかったし、誰かと遊ぶこともなく、誰もいない部屋に籠りがちだったのであまり気にしていなかった。

幼い頃はこれが当たり前だった。

小学生になる歳になっても、小学校には行かなかった。

孤児院で勉強は教えてもらえるから皆それが当たり前だった。

そんなある日、一人の女の子が居なくなった。

先生は夫婦に引き取られたと言っていたが、あまり信用できなかった。

その次の日は一人の男の子が身体に大きな傷があった。

男の子は転んだ弾みで割れた木のおもちゃが刺さったと言っていたが、いつも大騒ぎしている子とはいえ信じられなかった。

ある夜、眠れず一人で院内を歩き回っていた所、普段使われていない棟の一室に電気がついていた。

気になって向かっていると、男の子の悲鳴が聞こえた。

急いで向かい、バレないように扉を少しだけ開け、中の様子を確認すると男の子に細いチューブを何本も繋いで、チューブから何かを流している様に見えた。

男の子の様子は一言で言えば異常で、髪は変色し、肌はボコボコと瘤の様な物が沢山でき、人間の形をしていなかった。

衝撃で物音を立ててしまい、慌ててその場から離れ、少し離れた部屋に隠れた。

その部屋で見たのは、居なくなった女の子の姿だった。

バラバラにされ、標本の様に並べられていた彼女を見て、俺は思わず悲鳴を上げた。

駆けつけてきた先生達は見たことも無いくらい、怖い顔をしていた。

般若のお面の様な怖さではなく、ただ冷めた目でこちらを見ていた。

目を覚ますと、いつも通りベッドの上だった。あの後の事は覚えていない。

首を傾げながら部屋を出ると、先生が立っていた。

「お願いがあるの」と言われ、腕を引かれて連れていかれた。

「この部屋のお掃除をしてほしいの」

先生が扉を開けると、そこには子供の死体が沢山転がっていた。

まだ新しいものや原型を留めていないもの、腐りかけのものまであった。

吐き気がして、その場に座りこむ。

「やらないと次はあなたがこうなる番よ」と、言われ仕方無く死体処理を始めた。

終わったのは外が真っ暗になる頃だった。

自室に戻った後、何度も何度も、胃が空になるくらい吐いた。

眠っても悪夢に魘され、疲れが増すだけだった。

次の日も、その次の日も死体処理をさせられ、その度に吐いて、魘されて、すぐに身体はボロボロになった。

何度もやめたいと思った、けれどやめられなかった。やめたら次は俺が処理される番だから。

そんな日々が続いていた。

それから俺は全く食事が取れなくなり、必要な栄養は全て点滴から摂取するようになっていた。

体調を崩すことも増え、栄養と同時に薬も投与されて、副作用か何かなのか髪は変色し、顔は青白く、やつれて目元には隈ができ、目つきは次第に不気味と言われるようになっていった。

気づけば孤児院の子供がほとんどいなくなっていた。

一人、また一人と減っていき、残ったのは俺を含めて6人だけだった。

その日は一番年上だった女の子が連れていかれた。

その次の日は、いつも元気だった男の子が連れていかれた。

俺は感電死した昨日の女の子の死体を処理した。

その次の日には仲の良い兄妹が連れていかれた。

俺は溺死した昨日の男の子の死体を処理した。

その次の日は瀕死状態の兄妹の姿を見せられ、まだ残っていた女の子が兄妹を殺した。

俺は無惨な姿になった兄妹の死体を処理した。

俺は心身共にもう崩壊寸前だった。

その次の日は_

殺される殺される殺される殺される_

俺は院内をひたすら逃げ回っていた。

とうとう俺の順番が来てしまった。

人体実験なんて、何をされるかわからない、捕まったら最後と思った方がいいだろう。

バタバタと追っ手の足音が聞こえる。

上手く撒けたが、いつまた見つかるかわからない。

俺は近くの部屋に入り、一先ずやり過ごすことにした。

死にたくはない、しかしここで殺されるくらいなら自殺した方がましだ。

よく見ると部屋には薬が沢山あった。

毒薬がないか、と探してみると「ここで何をしているの」と、後ろから声が聞こえ、血の気が引いた。

見つかってしまった。急に怖くなり、ぎゅっと目を瞑った。

すると先生は俺に小さなガラス瓶を持たせ、言った。

「その薬はね、あなたのボロボロになった身体を元に戻して丈夫にできる薬よ。でも、副作用があってその副作用によっては、あなたは更に苦しむかもしれない」

その薬は未完成だから、と先生は付け加えた。

「そのまま捕まって死ぬか、苦しんででも生きるか、あなたが選びなさい」

先生の問いに俺は即答だった。

俺は瓶の蓋を開け、中の液体を口の中に流し込んだ。

するとぼんやりと、少しずつ、意識が朦朧としてそのまま地に伏せた。

ぷらたぷらねっと

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