虚伝と背反 12
僕はこの非現実的な世界で、常に怪奇と触れながら生きていきたい。
しかしそんな単純な願いなら、僕一人が奇妙な現実の中で生きるだけだろう。
それではつまらない。僕は怪奇をあらゆる方向から見たい、しかし自分に危険が及ぶものは興味があっても中々手は出せないものだ。
そこで「あの人達」に協力してもらおう。
僕と一緒に混沌の世界を楽しんでもらおう。
僕と僕の周りの人と更にその周りの人を巻き込めば観察対象は十分だろう。
僕に接触した、僕と同じメールを受け取ったことのある人、そして更にその人と接触し、メールを受け取ったことのある人。これだけ巻き込めば規模は十分だろう。
「僕とその周りの人と更にその周りの人で、このシステムの存在を知る人とこの世界で更なる怪奇現象を体験する」
僕はメールを送信した。
***
あの人は気づいているのだろうか。
受信した、くだらないメールを見つめながら、私は成島君の事を考えていた。
こういったことを考えたのは彼が初めてではない。ずっと前から繰り返されてきたのだから、何者かによって。
ある者は記憶を失い、またある者は元の世界に帰れなくなったり、またある者は自分という存在定義すらねじ曲げられた。
_ねぇ、成島君、ここはもう、あなたがいた世界じゃないのよ。
今、一つの場所にメールを受け取った人達が集まろうとしている。
集まってしまえば全てが始まるのだろう。
***
「はぁい、もしもし…」
灯子は気だるそうに電話に出た。
今は灯子の家で「女子会」と称し結羽と共に夜通し話をしている所だった。…と、言っても灯子の愚痴を延々と結羽が聞いているだけだったが。
唯でさえ機嫌の悪い灯子の元に、気分を更に悪化させる知らせが届いた。
「_はぁ、本気で言ってるのそれ?」
テーブルのグラスを倒し、慌てて結羽が零れた飲み物を拭き始める。
「あんた、時間ってものを考えなさいよ。今何時だと思ってるのよ、まぁ後で伝えられても怒るけど」
電話越しに激怒する自分を、困惑した様子で見つめる結羽に気づいたのか、深呼吸をし
「…わかったわ、そっちに向かえば良いのね」
と、相手に伝え電話を切る灯子。
「ごめん結羽、あたしこれから行かなきゃいけない場所ができた」
慌ただしく結羽に謝罪し、手早く最低限の荷物を用意し、玄関に向かう灯子を結羽は呼び止めた。
「待ってください、こんな時間にいくら先輩とはいえ女の子一人は危険です。私も連れていってください」
彼女の行き先が何処なのかは、恐らく見当もついていないだろう。
しかし、結羽は浅い考えで行動する様な人では無いことは、灯子も知っている。
「_何か考えがあるのね。構わないけど、仮に行き先が危険だったとしても、身の安全は保証できないわよ」
扉に手をかけたまま、灯子は結羽に告げた。
「勿論、覚悟の上です」
そうして二人は暗い空の下に飛び出した。
結羽はのんびりとしている様に見えて勘が鋭く、慎重に行動するのに対して灯子は考えるよりも先に行動する事が多く、行動力はあるものの空回りすることも多く、結羽とはお互いの足りない部分を補える様で相性が良く、灯子にとって結羽を連れていく事に困る要素は無かった。
しかし、彼女を私情に巻き込んでしまって本当にそれで良いのか、とも考えていた。
一方、結羽は灯子に憧れを抱きつつも、彼女はどこか全てを一人で背負いこんでしまっている様に見えていた。
どんなに危険だったとしても、自分にとって大切な先輩であり、友人である灯子の力になりたいと考えていた。
例え、どんな事が待ち受けていたとしても。
***
突如、英貴の携帯が鳴り出した。
「あー…もしもし、何か用か」
走りながら英貴が会話を始める。
「…はぁ、マジかよあいつ…」
相手が誰だかはわからない、ただなんとなく、自分にとって重要な情報が伝えられているような気がした。
「…はいはい、あっちでな」
英貴が電話を切り、
「巡の場所がわかった、こっちだ」
と、前を走り出した。
「…なんで、巡の居場所があなたにわかるの」
「服の裾引っ張るんじゃねぇよ。いや何、俺にとっての助っ人が来ただけだよ」
お前にとっては敵かもな、と付け加え俺の手を振り払って、再び前を走り出した英貴を必死に追いかけていた。
数年前からこの街周辺の治安は悪化したらしい。
大きな栄えた街の影には、退廃した残骸があって、露骨なくらいにこの街の光と影が表されていた。
人もこの街と同じだと思う。明るい場所で華やかに生きる人間と暗い場所で必死に生きる人間。両方がいるからこそ、成り立つものもある。
二つに分けるとすれば恐らく、英貴も巡も俺も“影側”の人間なのだろう。もしかすると、もっと他の人も。
光があるのなら、影ができるのは当然だ。
この世の中では、表に明かされていないことが沢山ある。
非科学的な事や、非人道的な事。
影の犠牲から、成り立つ光があることも悲しいが、それもまた事実だ。
しかし、光が必ずしも正義で、影が必ずしも悪人なのだろうか。
俺はそうは思えない。
外面だけは良い、理想論だけを高らかに語る人を必ずしも正義と言えるのだろうか。
弱者を追いやる事を正義だと言い張る人々を、打ち倒すことを考える人は悪だと言い切れるのだろうか。
考え事に耽っていると、町外れの廃工場に辿り着いた。
“巡の居場所”とは聞いていたが、廃工場とは聞いていない。
あまり余計なことを考えている暇は無くなりそうだと感じた。
巡の無事を祈りながら、足を踏み入れた。
その入口の物影には二人とは別の人影があった。
***
全身が痛い、どこかの骨が折れているのだろうか。
頭も痛むし、拘束のせいで呼吸が苦しい。
本格的にまずい状況になっていることは捕まった時からわかっている。
問題は何故あいつらが僕を見て、“巡”だとわかったのか、という事だ。
僕を僕として認識しているのならば、僕の事を詳しく知っている可能性もあるし、実際あいつらは知っていた。
僕はもう一度、男達の言葉を思い出す。
_あの化け物はどこにやった?
化け物、それは僕が最も避けていた表現だが、あいつらの言い方からして化け物とは恐らくライヒの事だ。
あの子の事を知っていて、僕から居場所を割り出すために、僕を連れてきたとすれば僕をすぐに殺すことは無いだろうが、情報はどこから漏れた?
もし、僕の近くの人が僕らの情報を流したとすれば、さっさと僕を始末してライヒを捕らえることも可能だろう。
情報を流した奴がいると仮定して、ライヒがそいつと接触していたら最悪だ。
僕はここで口が裂けても情報を与えてはいけないし、ここで死ぬわけにもいかない。
_さて、ここからどうやって脱出するか。
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