虚伝と背反 10
あたしはまだ迷っていた。
あの吸血鬼を殺すべきなのか、それともまだ隠された真実があるのか、判断するには情報が少なすぎる。
英貴にも情報収集を頼んだのだから、後は橘との根競べだろう。
狙いの吸血鬼より、あっちの保護者の方が厄介だ。あいつをどうするか_
「先輩?」
突如、誰かが視界に入り、頬に冷たいものが押し当てられた。
「冷たっ…、驚かさないでよ!」
缶ジュースを押し当ててきた、視線の先の女性はクスクスと笑った。
「ごめんなさい、いつもに増して随分深刻そうな顔をしていたので」
可愛らしいボブカット、若干丸めの愛嬌のある顔、ふわふわとした女性らしい雰囲気の全体的に丸い姿の女性、泉 結羽は、あたしの学生時代の後輩だ。
「結羽ってそういうところあるわよね…」
呆れ気味にあたしが言うと、
「先輩は少し真面目すぎます、そこまで深く考えなくても大丈夫ですよ。それに今日は久々に二人で遊びに来たのですから、もう少しニコニコしてほしいです!」
結羽はあたしの頬に指を押し当てて、無理矢理口角を上げさせた。
おっとりしているけど、凄く元気でちょっと強引な彼女のこういうところに何度も救われて来たのだけれど。
あたしにとって、結羽と過ごす時間は決して嫌なものでは無かった。
「そうね、折角だもの楽しみましょうか」
今だけは全部忘れよう。あたしだって休みを楽しんでも良いはずだ。だから、今は目の前の彼女と思う存分遊ぼう。
そしてあたしは携帯の電源を切った。
_メールが届いていたことも、英貴から着信があったのも知らずに。
***
「なんであいつ繋がらねぇんだよ…」
進展があればすぐに連絡しろと言ったのは向こうだ。
オレは悪くない、あいつに八つ当りされようが、逆ギレされようが今回はしらを切る。
「あー…、あのモヤシにも連絡するかなぁ…」
手を伸ばし、携帯を取る。
「もしもーし、巡ー?オレだよ、英貴ー。ちょっと進展あったから、聞きたけりゃオレの所に来い。そんだけ」
雑に用件を伝え、一方的に電話を切り、携帯を乱暴に投げる。
しかし、何故敵対している二人に同じ情報を流すような立場になってしまったのだろう。
オレはただのハッカーみたいなもので、頼まれた相手をハッキングして情報を流しているだけだ。
それもまた、こんなにも面倒な客がついた訳で。
明里は学生時代の知りあいだし、巡もお互いの口止めみたいなものだ。
切りたければいつでも切れるはずなのに、切らないのはオレも多少は楽しんでいるのかもな。
胸元のロケットを開ける。中の写真には二人の弟が写っている。
大人しくて真面目なゲーム好きの次男の千明と元気でぴょこぴょこ跳ね回る末っ子の理希。正反対だけども仲の良い兄弟に育ってくれた。
あいつらだけは、こんな大人になってほしくないとは思っていても、会いたくなってしまう長男のオレだ。
「仕事終わったら遊びに行こう…」
と、言いながらメールを打っていた。
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