虚伝と背反 8

2017-09-24 17:03

僕は栄えた街の端にある、とあるマンションに足を運んだ。

「よぉ巡、久しぶりだな?」

所謂、社長椅子に座った癖毛に眼鏡の男が小馬鹿にしたように笑っている。

「英貴君、君に頼みがある」

この男、東 英貴は多くの危険な仕事に手を染めていて、大抵の事は知っている。

その多くはハッキング等で手に入れた情報なのだろう。僕も時々手伝いに呼ばれるが大抵の仕事は部屋の掃除と食事の準備のため、詳しくは何をしているかわからない。

できればあまり関わりたくないし、こいつに頼るのは少々腑に落ちないが、仕方ない。

「何だよ、聞くだけは聞いてやるよ」

早く話せと言ったように、椅子の上でふんぞり返っている。

「吸血鬼事件について、出回っている情報を教えてもらいたい」

「…お前がそれを知って何の得があるんだよ」

呆れたように英貴君は言った。それもそのはず、僕はその事件の犯人と同居しているのだから。

「どこまで情報が出回っているのか気になってね」

「ふーん…、何がしてぇのか良くわかんねぇな、まぁいいよ教えてやる」

英貴君は情報をまとめた書類を乱暴に手渡してきた。

「用が済んだらさっさと帰れ、オレは今日忙しいんだよ」

既に背を向けパソコンに向かっている。

これ以上長居する理由もない。

「はいはい、また仕事あったら呼んでね」

僕は手早く荷物をまとめ、マンションを出た。

***

「ほら、あいつ帰ったぞ、さっさと出てこいよ」

英貴はこちらに聞こえるように言った。

言われた通り、現在いる部屋から英貴のいる部屋に移動した。

「なんだか盗み聞きしているみたいで、気分悪かったわ、ほとんど聞こえてないけど」

あたしがそう言うと英貴は鼻で笑って

「お前もあいつも俺の元に来るんだから、そんなに真っ当な人間には見えねぇけどな」

と、言った。

「で、明里は何を聞きに来たわけ?」

椅子をぐるぐる回しながら、英貴はあたしに聞いてきた。

「…成島優貴と香井桜良の事よ」

あたしが言うと急に英貴は笑いだした。

「な、何がそんなに面白いの、不愉快だわ」

「あぁ悪いな、まさかお前があんなガキ共の情報を探しているとは思わなくてな」

勿論知っている、といった様子の英貴は封筒を渡してきた。

「どうせそいつだろうとは思っていたからな、それなりの情報はあるぜ」

「ありがと、助かったわ」

封筒を受け取った瞬間、自信ありげな英貴の顔から笑みが消えた。

「でもよ、香井桜良だけどな…あいつ、何故か殆ど情報が手に入らなかったんだよ」

この言葉には少し驚いた。こいつでもわからないこともあるのだなと感じながら話を聞いていた。

「…まぁ、いいわ、たかが子供、これくらいわかれば十分よ」

あたしが帰ろうとした時、

「親父さんの事はもっと調べておく、お前は無理するなよ」

と、真剣な眼差しで英貴は言った。

「…わかっているわよ、あたしは死んだりしないんだから」

と、だけ告げあたしは英貴の家を出た。

***

あれ以来、特に楽しめるような事は無かった。

テストの結果も部活のパーティも特別感も無く、ありふれたものだったわけで。

やはり、僕を楽しませられるのはあのおかしなメールだけなのかもしれない。

理希とか言っていたあの子は不思議に思う点も多く、中々興味が湧いたけれど怪奇現象と言うには足りないだろう。

どうせなら超能力の類いや、もっと危険なものが見たいと思ってしまうのは罪だろうか。

明里さんは「狂っている」なんて酷い言い方だったけれど、ライヒ君との関係はよく分からなくてもこんな事に首を突っ込んでいる以上、彼女もかなり狂っていると感じてしまう。

巡さんは一番よく分からない。

平和に過ごしたいなら、何故吸血鬼と共存しようとする?危険を全て取り除いて、二人仲良く平和になんて彼が人間である限り不可能に等しい話だ。

ライヒ君は無邪気と言うべきか、純粋と言うべきか。

同年代だから少し甘くなっているのか、疑う事を知らなすぎる気がしてしまう。自分の立場を理解していないのか。それともあの過保護な身内が原因の世間知らずなのか。

それと、香井さん。

彼女も不思議に見える。「首を突っ込むな」なんてどうして言えるのだろう。噂を聞いただけの心配性なら可愛いものだけど、そんな風には見えない。つまり、事情を知っているなら彼女も同類、口出しできる立場ではないはずだ。

この数ヵ月で様々な人と出会い、色々な事があった。

僕の高校生活はうまくいっていると言っても良いだろう。とはいえ、あまり学校とは関係の無い部分で楽しんでいるのだけれど。

するとまた、メールが届いた。

『あなたは、数ヵ月間、刺激的な日常を過ごせましたか?もし過ごせたのならば、こんな日常をあなたは望みますか?』

と、メールには書かれていた。

今まで指示ばかりだったメール側から、質問を投げかけられたのは初めてだ。

最高の数ヵ月だった、毎日が充実していた。様々な怪奇的な現象をこの目で見ることができたのだから。

こんな日常を望むか?勿論答えは「Yes」だ。欲を言えば更に刺激的な毎日を過ごしたい。平和ボケした日常なんて御免だ。

メールが届いた日から、今日までに会った人達は全てこの為の巡り合わせか。だとすれば感謝しよう、こんなに楽しい事が待っていたなんて思いもしなかった。

「最高だよ…!次は何をすればいい、次は何を見せてくれる?さぁ早く!」

僕は夢中でメールを返信していた。

***

この少年の行動は正に狂気じみていると言っても差し支えは無いだろう。

自ら危険な方へと足を踏み入れ、他人の足掻く様を見て喜んでいる。最早、人間と呼ぶべきではないだろう。

しかし彼は紛れもなくただの人間だ。こ・ち・ら・側・に蔓延る人ではないものではない。

彼がもっと多くの怪奇に触れればどんな反応を示すのだろうか。

自分も人間を辞め人外の仲間入りを果たすのか、恐怖を目の当たりにして帰りたいと嘆くのか、今は誰にもわかるはずがない。

これから先、誰かが救いを差し伸べるのか、それとも底まで突き落とすのか。

できるならば、

_救いたいとは思うよ。

ぷらたぷらねっと

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