虚伝と背反 7

「おっみまーい、おっみまーい」

ぴょこぴょこと跳ねる子どもが一人。

紙袋を振りながら二つに纏めた髪を揺らして駅から、そう遠くない住宅地へ向かう。

水色のリボンのついたふわふわの髪、淡い色のTシャツに桃色のパーカー、デニムのハーフパンツに派手なスニーカー、奇抜なポシェットを下げたかわいい小学生、だがその子の顔立ちはどこか凛々しかった。

「…あれぇ?」

辺りをキョロキョロと見回している。

「迷っちゃったかなぁ?」

どうやら曲がる所を間違えた様だった。

「あ、こっちかぁ~」

ニコニコしながら、別の道へフラフラと向かっていった。

「…あの子大丈夫かなぁ」

***

僕は先日の買い出しで面白いものが見つからなかった為、普通にビンゴ等で遊べば良いと思い、景品を買いに来ていた。

ついでに小説の新刊とお菓子と、色々買って満足して帰ろうとしていた。

すると突然、何かにぶつかった。

「わっ…、ごめんなさい!」

ぶつかったのは小さい子どもだった。

僕より随分小さい、地元の小学生だろうか。

「大丈夫?」

その子の手を取り立ち上がらせる。

「ありがとうございます、あのお兄さんこの辺りって詳しいですか?」

僕を見上げて、もそもそと動く。

「あの…、行きたい場所があるんです」

行き先を書かれた書かれた紙を貰うと、見覚えのある名前の建物だった。

「あぁ、ここなら…」

***

頼まれた通りに進み、目的地に到着した。

「あー…なんとなく予想はしていたけど」

表札には「橘」と書いてある。

…入りづらい。

「ライちゃーん、巡さーん、開けてー?」

トントンとドアを叩くその子を見て、インターホンを使えば良いのに、と思っていると、ドアが開いて橘さんが出迎えた。

「いらっしゃーい…って、君は何しに来たの」

僕の方を見るなり、笑顔が消え全く歓迎されていない。

「そんな怖い顔しないでよ…迷子のボクを助けてくれたんだからさぁ…」

必死に説得され、橘さんはとりあえず中に入れてくれた。…そもそも、入る気無かったけれど。

「おにーさん、ありがとう!まだ名前言ってなかったね、ボク、東 理希って言うんだ!」

とても可愛らしい見た目だったので、女の子だと思っていたが「りき」という名前から恐らく男の子だろう。

「よろしくね、優貴さん!」

理希君の言葉に驚いた。

まだ名前を名乗っていなかったはずなのに、何故名前を知っていたのだろう。

「あ、えーっと…ライちゃんから話を聞いていて…優貴さんで合ってるかなぁ…って」

理希君は慌てていたが、理由は大体納得したが、僕は一切口を開いていない。

「あ…、ライちゃんに会ってくるね!!」

理希君はライヒ君の部屋に行ってしまった。

「理希君、相手の言葉を予想して話す癖があるから…」

橘さんが少し笑って言った。

「変わった子だけど、悪い子では無いよ。少なくとも君よりはね?」

橘さんは馬鹿にした様に言っていたが、あまり嫌な感じはしなかった。

「何だか話し方変わりましたね」

「まぁ、理希君が付いてくるくらいだからね。僕ももう少し考えてみようかなって思っただけだよ」

橘さんはどうやら、かなり理希君を信頼しているようだった。

「それはどうも…僕は帰りますね」

僕は橘さんの家を出た。

***

「ライちゃん…」

ボクはそっと、音を立てないようにドアを開ける。

血の付いたシーツ、痛々しい傷痕、壁の杭から鎖で繋がれた手足。それらを見るのはもう慣れた。

「怪我、大分良くなったみたいだね」

ライちゃんの目は閉じたまま。

肌はとても白くて、触れると冷たい。生きているけれど、生きている感じがしない。

この姿を見れば、人間だとは思えないかもしれない。でも、ライちゃんは大切なお友達、そんな事は関係ない。

「調子どう?」

巡さんが部屋に入ってきた。

「ん、ボク部屋にいない方がいい?わかった、お外で待ってるね」

ライちゃんに言われた通り、部屋を出る。

「…みんな仲よくできないのかなぁ」

ボクは廊下の隅で座っていた。

酷く嫌な夢を見た。

傷だらけの自分の身体と、足元に広がる赤い液体。口元を拭ってみると、足元の液体と同じものが付着していた。

今すぐにでもここを離れたくて、後ろを振り返ると、そこには大量の屍が山積みになっていた。

自身の両腕には乾いた血液がついていたが自分のものではないとすぐにわかった。

再び前を向くとそこには鏡があった。

鏡に映っていたのは、傷だらけで返り血を浴びた一人の人物。恐らく自分の姿だろう、と手を添えてじっと見つめる。

_そこには両目の赤い、人とは程遠い顔があった。

夢はここで終わった。

自分もいつかこうなってしまうのだろうか。

壁の杭に繋がれた鎖をガシャガシャと音を立てながら、ベッドから起き上がり両手を見つめる。

傷もついていない白い両手、夢だとわかっていても少しホッとした。

「おはよ、体調は?」

すぐ傍に立っていた巡が声をかけてきた。

「うん、大分良くなったよ」

巡は「そっか」と、言うと、俺の身体を杭に繋げていた鎖を外した。

「りっきー、来てくれていたんだね」

「凄く心配してくれているからね、ちゃんと感謝しなよ?」

自由に身体が動かせるようになり、時間を確認すると既に17時を指していた。

「うん、そろそろ暗くなるし早く帰らせないと…、でも話がしたい」

理希はここまで来てくれた、きちんとお礼をしないと気が済まない。

巡は扉を開けて理希を部屋へ入れ、そのまま部屋の外へ出た。

「ライちゃん、具合へーき?」

顔を覗きこんでくる不安そうな理希の頭を撫で

「もう大丈夫だよ、ありがとね」

精一杯笑ってみる、本当は少しだけ痛いけれど、理希の顔を見たら少し和らいだ気がする。

「治るまで寝てなきゃだめだよ!治ったらまた遊ぼうね!」

絶対だからね!と、念を押して理希は帰っていった。

変わった子だけど、とても優しい。

部屋に入れ替わりで巡が入ってくる。

「理希君、やっぱり優しいよね。薬、持ってくるからすぐ飲んでね」

俺が頷くと再び部屋を出て、薬を取ってきた。

薬を飲み、巡が用意してくれていた軽めの食事を摂り、そのまま本を読んでいた。

幼い頃に何度も読んだ本が読みたくなり、過去を振り返りながら読書に耽っていた。するとページの間から一枚の写真が落ちた。

数年前のもので、今と比べると写真の自分がとても小さく感じる。

隣には長い癖毛の女の子がいる。あまり笑っていない俺とは違い満面の笑みを浮かべている。

あの頃は楽しかった、けど戻りたいとは思わない。

今がきっと一番幸せだから。

***

ライちゃん、早く元気になるといいな。

ボクの力だけじゃすぐには良くならないよね。傷とか怪我とか…とにかく痛いところ全部一気に治せちゃう力があったらいいのに。

ボクはお話を聞くことしかできないからなぁ。それでもライちゃんは喜んでくれるけどね。

「あーあ、ボクの思い通りにならないかなぁ」

ボクの声はただ空に響いただけ。

ぷらたぷらねっと

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