虚伝と背反 5

重い空気に包まれた部屋には、時計の秒針の音だけが響いていた。

目の前で横たわった彼が、目を開ける事を僕達はただ待ち続けていた。

ライヒ君の身体は徐々に回復していったが、巡さんの表情が明るくなる事はなかった。

「…どうして君が廃ビルにいたの?」

巡さんは此方に顔を向ける事無く、静かに言った。

「メールで呼び出されたんです。そうしたら、明里さんとライヒ君がいて…」

僕の言葉を遮って巡さんは

「なら、どうしてもっと早く助けなかった?」

と、かなり強い口調で怒りを露にした。

「友達って言っても所詮は明里さんを止める勇気も無くて、自分の事ばかり優先で、あのメールに左右されてばかりで…!」

巡さんは震えていた。

僕はそれだけの事をして、巡さんはそれだけライヒ君が大切なのだろう。

「…巡?」

意識が戻り、ゆっくりと目を開け、ライヒ君は巡さんを見つめていた。

「どうしたの…?」

巡さんの表情を見たライヒ君は状況がわからない様で、きょとんとしている。

「ライヒ君、ごめんね。もっと早く助けなくて」

僕は立ち上がった。

「巡さん、すみませんでした。長居してご迷惑をおかけしました」

ドアノブに手をかけた瞬間、

「待って!」

ライヒ君が呼び止める。

「助けてくれてありがとう…呼び止めて、ごめん」

その言葉を聞いた後、僕はその場を去った。

***

「なんだよあの態度」

巡は珍しく苛立ちを見せた。

「…悪い人じゃないと思う」

俺は巡が思う程、優貴は悪い人じゃないと思う。

「ライヒ、何を言っているの、あの人は明里さんを止めなかったんだよ?」

巡は信じられないといった様子だった。

「でも、巡に連絡してくれた、それは助けてくれた事とは違うの?」

巡は落ち着いて、と一旦俺を寝かせる。

「…違う訳じゃない、だけど僕は納得できない。」

巡は俯いていた。

「どうして巡はそう思うの?」

巡の服を引っ張って、こちらを向かせ、巡を見つめた。

「わざわざライヒを危険にさらしたくないんだ。多分、それはどの保護者も一緒だと思う」

最もな言い分に何も言い返せない。

俺の事を一番に考えてくれて、何よりも大切にしてくれている巡の言うことは聞きたい。けれど、人を信じてみるのはもっと大切な事だと思った。

「やっぱり、信じてみたいよ」

俺が言うと、巡は考えこんで、重い口を開いた。

「誰かを信じることは悪いことではないけれど、自分の立場を考えて」

巡の真剣な眼差しを見て、自分の行いを反省しなくてはいけない気がした。

「でもね、ライヒが普通の高校生として、生活したい気持ちもわかる。だからまずは僕をちゃんと信じて。迷惑だろうって勝手に思って一人で抱え込んだら駄目、僕はそんな風には思わないから。安心していつでも頼って構わないから」

と、いつもの見馴れた優しい笑顔に緊張がほぐれ安心する。

「うん、ありがとう…」

自分なりに精一杯微笑む。

巡は立ち上がって、

「お腹すいたよねシチュー作ってあるから、今持ってくるよ」

と、言って部屋から出ていった。

俺は枕元に置いてある、くまのぬいぐるみを手に取った。

古くはなっているが定期的に綿を詰め替えたり、洗ったりしているので、状態は悪くない方だと思う。

「…そういえば、あの時と一緒だ」

ぽつり、と呟き、ぬいぐるみを抱きしめる。

「お待たせ、沢山あるから食べたかったらおかわりしてね」

いい香りを漂わせるシチューを持って、巡が部屋に戻ってきた。

「いただきます」

お皿を受けとり、スプーンで野菜を掬って食べる。

濃厚で、甘くて落ち着く味。あっという間に完食してしまっていた。

「ごちそうさま…美味しかったよ」

お皿を返し、お礼を言う。

「それはよかった、ライヒは本当にシチューが好きだね」

笑ってお皿を受け取る巡が言った。俺も笑って頷く。

「とにかく、今日明日はゆっくり休んで怪我を治そう。朝、学校には連絡しておくから」

「うん、ありがとう。おやすみなさい」

巡は部屋の灯りを消して出ていった。

今日は思わぬ怪我をしてしまったけど、また、いつもの日々に戻れるかな…

明日は平和でありますように。

ぷらたぷらねっと

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